志賀海神社の授与品の龍面を作りました

ご縁があり、福岡市東区志賀島に鎮座する志賀海神社の龍面を製作いたしました。

志賀海神社とは

福岡市東区志賀島に鎮座する志賀海神社は、伊邪那岐命の禊祓によって出現した綿津⾒三神を、神裔阿曇族が奉斎している神社です。

神代より「海神の総本社」と称えられ、⽞界灘に臨む海上交通の要地博多湾の総鎮守として篤く信仰されてきました。

そもそも志賀島自体が神域だそうです。

確かに福岡の海をつつみこむような形です。

龍面製作の経緯

以前、講演を見に行ったことがきっかけで、福岡を代表する人形師である中村弘峰さんと知り合いになりました。

中田英寿さんと中村弘峰さん(人形師)の講演を聴いてきました【まとめ】

その時に、「何か一緒に仕事ができたらいいね〜」ということでお話しをしていたのですが、お互いに「あごだし」で有名な久原本家とお仕事をしているという共通点がありました。

その久原本家と志賀海神社もお付き合いがあったということで、志賀海神社の授与品を作るというプロジェクトに久原本家を仲介して、弘峰さんに相談がありました。

志賀島は津屋崎や博多を一望できる場所(中間地点)にあるため、弘峰さんが原型を作り、筑前津屋崎人形巧房が彩色を決めて製作するという「福岡横断型の授与品製作」をしようという運びとなりました。

2024年の7月末に、弘峰さん、志賀海神社の阿曇宮司、久原本家の宮﨑さんに工房にお越しいただき、どのような授与品にするか、今後のスケジュールなどの打ち合わせを行いました。

その1ヶ月後には、弘峰さんから龍の面の原型が送られてきました(さすが仕事が早い!)

中村弘峰さんが原型として彫ってくださった龍面

志賀海神社は「龍の都」とも言われ、全国から龍が集まってくる場所とされています。

境内横を流れる天⻯川にも⽩⿓伝説があるなど、⿓とご縁がある場所です。

そのお面を授与品としようということですね。

ありきたりな龍ではなく、かなり造形が特殊な龍です。

正倉院や宗像大社の宝物から着想を得たのだそうです。

お面には珍しく2枚の型で作る(それだけ複雑な起伏のある形ということ)

龍面の絵付を考える

筑前津屋崎人形巧房にて彩色を決定するのですが、その前に久原本家主催の「あご祭り2024」に出展しました。

こちらのイベントで、皆様の絵付け作品を参考にさせていただきました。

老略男女、さまざまな方に絵付にご参加いただき、すごく刺激をいただいたこと、この場を借りて深く感謝いたします。

当日は信じられないくらい暑い日で、参加いただいた皆様、久原本家の皆様、大変ありがとうございました。

イベントでインスピレーションをいただき、志賀島にも何回か足を運び(そもそもいとこの家があったので、昔はよく遊びに行っていた)、さまざまな思案をして、絵付を決定しました。

龍面の絵付を決める

志賀島の自然豊かな風景、「漢委奴国王」金印が見つかった場所という特異性(そのためか絵付体験では金色を使う人が多かった)、海上交通の神様だが山を誉める神社の神事、「海の中道」という両側から波が押し寄せる1本道、船で一番重要な碇や鉾、などをお面に込めました。

お面ひとつひとつが志賀島を表現しています
海と山は繋がっており、自然と神様にも明確な境界はない

ひとつひとつ型を使って手押しで製作し、焼いて色を塗っていきます。

波のしぶきや、波の書き方は、山笠飾りの技法を使い製作しました。

【人形飾り】山笠はどうやってできているのか【津屋崎|上須恵|田熊|鐘崎】

中村弘峰さんも博多祇園山笠を製作されているし、志賀海神社にも山笠が展示されているし、筑前津屋崎人形巧房も山笠を製作しているので、そこの共通点も面白いと思いました。

志賀海神社に奉納されている山笠「龍鬼願安寧」

また、絵付けに関しては、筑前津屋崎人形巧房での最古の人形である「加藤清正」の人形の色合いからも着想を得ています。

加藤清正の人形が着用しても違和感がありません

龍の都 志賀海神社

箱に入れても飾ることができますが、ぜひ軒先や玄関などに飾っていただきたいです。

さまざまな方の協力によって完成した龍面は、令和6年の年末から志賀海神社にて授与されています。

幼い頃から馴染みのある志賀島に少しでも貢献できたら嬉しいです。

是非、皆様にも神域である志賀島に足を運んでいただいて、ご覧いただけましたら幸いです。

志賀島から博多の方を見ると、龍のような雲が!(令和6年9月撮影)

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